万国博覧会・国際博覧会を知ろう(最終回) 寄稿・桜井 悌司(元ジェトロ監事・展示事業部長)

大阪・関西万国博覧会の公式参加国の建築申請は何故遅れたのか?
今年の7月以降、日本のマスコミで、公式参加国の建設申請が大幅に遅れているという報道が頻繁になされている。報道によると、①資材費が大幅に高騰しており、建設会社からみると採算が合わない、②労働力不足により、労務費が上昇している、③会場となる夢洲は埋め立て地なので、地盤が緩すぎることから派生する経費の高騰、④地震、台風等の被害により復旧作業が増加したこと、⑤ドバイ万博の開催が新型コロナウイルスの蔓延で1年遅れたことにより、公式参加国の準備に遅れが生じた等々が指摘されている。これらの5点は、すべて事実であろう。しかし、筆者はこれら5点に加え、もう一つの要因を指摘したい。

(1)国際博覧会の主人公は公式参加国であることが関係者の中で、共通認識になっていない。すなわち、万博の華である公式参加国が予定通り準備を進められるように十分に配慮するのが博覧会協会の重要な役割であるという認識が十分ではない。
(2)博覧会協会の動きを見ていると、資金不足、人材不足に加え、博覧会を魅力的に見せるために、自分たちだけでできるテーマ館の建設に、大部分のエネルギーが割かれ、主人公たる公式参加国へのアテンド、アドバイスに必要なエネルギーが割かれていないような印象を受ける。
(3)先に、国際博覧会を成功させるための4つのタイプの人材について説明したが、第2のタイプを優先した結果、第3のタイプの人材の配置に十分な考慮がなされなかったというのが筆者の印象である。各国の国際博覧会担当も必ずしも博覧会に熟知しているわけではない。むしろ初めて経験する人が大部分と考えたほうが妥当である。そこで主催者の博覧会協会の担当者、責任者が、工程管理表にしたがって、懇切丁寧に日本の建設業界の事情、資材高騰の実情、労働力不足によって、遅くなればなるほどコストが上昇するので早め早め
に準備することが必要と粘り強く訴えることが必要だったのだ。

万国博覧会の成功のカギを握る工程管理
イベント等を組織する場合、工程管理が必須である。ましてや万国博覧会の組織や参加ともなると超大型イベントになるので、工程管理がより一層重要になってくる。その理由は、何十年に1回というイベントであること、百数十カ国という国々からの参加が見込まれる国際的なイベントであること、3か月から6か月続く長期のイベントであること等々である。加えて、前述のように主催国でも公式参加国でも博覧会を始めて経験する人がほとんどで、慣れない仕事を手探り、五里霧中的にやることを余儀なくされるからである。それゆえに、スケジュール管理などの時間軸と多岐にわたる作業軸を十分に考慮しながら着々と事業を進めていかなければならないことになる。

現在、大阪・関西万博での準備の遅れがマスコミで頻繁に報道されているが、万博に無知な記者が無責任に報道しているケースが多くみられる。万博は、さまざまなルールによって運営されている。例えば、パビリオンを建設する場合でも、公式参加国は、パビリオンの基本設計を博覧会公社(協会)に提出し、許可を得る必要がある。筆者が担当したセビリャ万博(1992年4月20日〜10月12日)の日本館の基本計画は、1990年5月に提出し、7月に承認された。それに基づき、8月に日本館建設入札の事前資格審査の官報公示し、日本企業3社、スペイン企業4社が応札した。10月に開札、竹中エスパーニャに決定し、工事が開始された。オープニングの1年半前であった。最終的に日本館が引き渡されたのは1991年12月で開催5か月前であった。それ以降に展示物の搬入・設置・装飾作業が始まることになる。大阪・関西万博の場合、現在でも、かなりの公式参加国からパビリオンの建設申請が提出されていないとすれば、5〜6か月の遅れということになる。

セビリャ万博の日本館の場合、後述する万博の生き字引的な存在であった竹田一平日本政府代表代理の厳しい指導の結果、常に工程管理が重視され、他のパビリオンに先駆けて準備を進めていた。例えば、パビリオンのアテンダント(コンパニオン)の雇用について紹介しよう。日本での雇用は30名で、加えてスペインで72名の採用を行った。1991年7月に、日本人コンパニオン採用につき記者発表、10月には筆記試験、面接試験を経て、内定した。スペインでの採用は1991年11月に始めた。日本館が他のパビリオンに先駆けて、現地の派遣会社を通じて公募したこともあり、極めて優秀な人材を集めることができた。警備会社や清掃会社についても同様で、良い会社を選定することができた。現地の企業にとっても、できるだけ早く日本のような有力先進国と契約すると、他の国に対して大きなセールスアピールとなり、さらなるビジネスに繋がることになるのだ。
工程管理に基づき、早め早めに準備を進めると、間違いがあっても修正が効くし、何よりもより良い人材をより安価な価格で契約することができる。遅れれば遅れるほど、コストもかかるし、良い人材も集まらない。実務担当者は万博の恐ろしさ、と同時に面白さを真に理解することが必要なのである。